くろべーの夢とパンフの和歌

夢と知りせば覚めざらましを

 このブログ、前回で最終回にしようかとも思ってたんだけど。
 今朝はくろべーの夢で目覚めた。そのことを書きとめておくべきって気がしている。


 僕が玄関を開けて帰宅する夢。家の中では、くろべーがしっぽを振って出迎えてくれる。
「あれっ、お前、お墓から出てきたのか?」と、驚くやら嬉しいやらで手を触れる。僕の手は確かに、黒い毛の手触りを感じ取る。
 ああ、本物だと喜んだ途端、目が覚める。――嬉しかったり驚いたりの勢いで、僕は瞼を開いちゃってたのだ。
 どうして目を開けたりするんだよ、もっと夢の続きを見てたかったよと、自分で自分に文句を言った、そんな朝。


 布団を抜けだし、くろべーのお墓にお参り。夢のことを報告するみたいに祈って、それから朝食。
 食べながら、こないだ図書館で見かけて借りてきた大林宣彦『転校生』のDVD(2007年版)を見始める。二人が水に落ちて、ああここで入れ替わるんだろうなってとこで停止ボタン。今日は朝から出掛ける予定だったのだ。
 開店間もないホームセンターで、くろべーのお墓の周りを整備するための溶岩レンガを購入。ついでに近くの映画館のモーニングショーで、話題の『君の名は。』を鑑賞。そういえば『転校生』も『君の名は。』も、男女入れ替わりストーリーなんだなと、座席に座って初めて気づいたあたりが我ながら間抜けというか間がいいというか。
 『君の名は。』については、男女入れ替わるらしいってこと以外は、みんな褒めてて映像がきれいってことくらいしか前知識がなかった。だから作中で、「夢から目覚める」って場面が繰り返し描かれてるのを見て不思議な気分にならずにいられなかったし、大好きな「君」を救おうとする映画だって気づいた時には今朝のくろべーを思い出して涙が出た。評判の映像はもちろんだけど、物語の要素を一つ一つ紡いでいくことで、観客を頼むからハッピーエンドで終わってくれって気持ちにさせてくれる映画だった気がする。
 そういえば、映画館は夢を見るための場所だってことを書いてたのは大林監督だったっけ。夢と現実の交錯をすごく緻密に丁寧に描いたいい作品だったし、個人的な経験と重なって忘れられなくなりそうだ。


 そして驚いたのは、鑑賞を終えてからランチタイムのカフェに入り、パンフレットを読んでいた時だった。プロダクションノートとして、この映画のモチーフの一つは小野小町の和歌からとった「夢と知りせば覚めざらましを」というフレーズだと書いてあったのだ。
 直訳すれば、「夢だと分かってたら、目覚めたりはしなかったのに」。
 意訳しちゃえば、「あの夢がそのまま続いて、この現実と入れ替わってくれたなら」。
 そういう映画だったと思うし、今朝の夢から覚めた僕を包んでたのもそういう感情だった。
 帰宅して、くろべーのお墓を整えた後も、不思議な偶然の一致のことが頭から離れない。
 夢の続きを見たいなと思いつつ、この文章を書いている。レンガはもうちょっと欲しいので、次に買いに行った時はまた何か映画を見ようかな。