カレーライフとホップフィクション

劇場ロビーで僕の本も売ってます

 舞台『カレーライフ』2015年版の初日。観劇のため、午後から上京。
 残念ながら諸般の事情でマチネには間に合わない。でも新幹線の中で時計を眺めた時にふと思いつき、「この時間なら四場くらいでアメリカ編か?」なんて計算してみる。脚本はだいたい頭に入ってるので、そうやって考えるのも楽しいもんだった。
 六本木に着いてたら劇場行く前に別の用事でビアパブへ。開店早々に待ち合わせして、どうもどうもと会食。観劇の前に一杯やってくってのも、ちょっと贅沢というか優雅な気分が味わえる。
 酔ったのは、じゃなくて寄ったのは、スコットランドBREW DOGってメーカーのブルーパブhttp://brewdogbar.jp/roppongi/)。こないだ稽古場のそばの店で飲んだIPAがうまかったのでネットで調べてみたところ、なんと公演会場のすぐ近くにアジア唯一の直営店があることが分かったのだ。こりゃあ何かの縁だし、寄るのは不可抗力ってことにした。
 それが正解で、ものすごくクォリティーの高い店だった。ホップ使いの魔術師って異名のあるブルワリーだそうだが、どのビールも香り高く飲みやすく、それでいてボディもガツっと麦芽のきいた飲みごたえ。同席した方はビールというと日本の大手メーカーの定番の味ってイメージが強くてエール系のビールはよく知らないらしかったが、飲み比べセットのいろんな味に感動しておられた。
 僕が一番気に入ったのは、Hop Fictionっていう銘柄のペールエール。素晴らしく華やかな香りと飲みやすさに感動した。ここはまた来たい、っつうか今度はお取り寄せして飲むことにしたい。


 へべれけになるまで飲みたい店だったが、ぐっとこらえて軽めにおさえ、六本木ブルーシアターへ。なんだか随分と妙な場所にできてる劇場である。
 舞台裏で関係者に挨拶し、「社会科見学してきていいですか?」と細い通路をぶらぶら。セットの裏側とかまとめてある小道具とかを眺めるのって妙にわくわくする。
 制作ルームのモニターで画面を見たら、劇中で使われる映像のチェック作業の真っ最中だった。演出家から映像の話は聞いてたが、見るのは初めてだったし、思ってたよりずっと派手な感じでびっくり。おまけに開演してみたら、冒頭からその映像に合わせて音楽とダンスでどばーんと盛り上げる演出で、こりゃあすごいや感動を覚えた。
 4年前に初演があって、それを踏まえて別のものを作ろうっていうのが今回のコンセプトだったんだけど、冒頭からエンターテイメント方向に振り切る勢いがすごかった。今回からサックス生演奏が入って丹澤誠二さんが演技と演奏を受け持ってたんだけど、音楽がその場の空気を作ってく様が圧巻だった。
 主役ケンスケの玉城裕規さんは表現力豊かに主人公の感情を掘り下げていた。自分の演技に華があるってだけじゃなく、周りの役者の芝居に応じての受けの芝居が見事で、さすが座長って感じだった。どんなアドリブにもアクシデントにも即応してる様は、彼が言ってた「舞台で生きる」ってことを見事に体現してるようだった。
 冒頭で主人公の前に現れ、全体の問題提起を行うシミズ役はキャスト最年長の俊藤光利さん。歯切れのいいセリフ回しで脚本の情報が客席に伝わってくあたりが知的な印象。――終演後に話したら本人は納得いってないとのことで、闇市のシーンとか、もっと前に出るはずだったのかな。
 お話に戻り、滝口幸広さん演じるワタルが登場、活躍しはじめると客席の笑いの量がぐっと増した気がした。どうやら初日からアドリブ全開のようで、マチネを観た人がソワレで余計に笑ってる気配。中盤で客席いじりもあったし、軽妙な芝居と共に毎回違うネタをぶっこむ方針のようで、毎日劇場に通う人の気持ちがちょっと分かった。
 アメリカ編でヒカリ役の岡本玲さんが登場すると、ぱっと舞台が華やいだ。いとこの中で一番のお姉さんという設定のヒカリだが、実際の岡本さんは最年少で、そのあたりがどう影響するかと思ってたら、ちゃんと「いばりんぼのお姉さんだけどチャーミング」って見えたのがよかった。賭けの提案とか終盤の小説とか、自分の芝居でリードしてくとこも迫力あったし。
 アメリカ編ではチャーミングというかグラマラスな雰囲気を出してたリンダ役の内田亜希子さん。何役もこなしてたんだけど、そのたびにメイクだけじゃなく立ち居振る舞いから役を作ってるのが見事だった。続くインド編ではチナツ役に変わってガラッと別人に見えるんだけど、立ったり歩いたりの際、重心のかけかたから違ってるんだよね。
 そして一人五役といえば大口兼五……じゃなかった兼悟さん。彼だけは初演から続投してるキャストなんだけど、前回ともまた違った芝居になってるのがすごい。エディーやヤマカワの外見はほぼ同じでも、ディティールの詰め方が違う感じ。他のキャストとの兼ね合いで芝居を作ってる要素も大きいからなんだろうけど、ある意味じゃ一人九役みたいなもんである。
 インド編で悪役ヤマカワと対決するサトル役の長濱慎さんは、高身長で声の通りがよくて、しっかりしたお兄さん役だなーって印象。もともとサトルってキャラクターは原作を脚本化する時点で一段成長して強くなってんだけど、その強さを体現してる存在感があった。場面転換の時にアンサンブルでダンスする時とかも、キレのよさが際立ってたなあ。
 そして、六場の沖縄編でキーパーソンとなるコジロウ役の丸山敦史さん。実は脚本会議の段階から、コジロウには三場のラストで笑いをとってほしいってリクエストを伝えといたんだけど、それを見事に果たしてくれてたし、六場に秘めた暗い思いからラストの八場で見せた満足げな表情への転換が際立ってて、演出家が事前に言ってた「それぞれの思いを際立たせたい」って狙いもクリアしてくれてるようだった。


 初演の時は、震災直後の2011年3月に稽古、5月に上演って感じだったこともあり、闇市のシーンが感動の中心になっていた印象がある。特に11月に朗読劇化された時には、そこで客席にすすり泣きが目立ってたのをよく覚えている。
 それが今回の再演になったら、中心点はどうも違う印象を抱いた。僕は脚本会議で提案したりパンフのエッセイに書いたりしたように「再結集」っていうテーマを追っかけてほしいって思ってたんだけど、ラストシーンでケンスケが父親に語りかける台詞がそれを引き受けてある種の核になってた気がする。
 そしてエンタメとして客席を楽しませるってことに常に貪欲な芝居となっていて、それがラストに多幸感となって幕が下りた。――観劇前にHop Fictionってビールを飲んだわけだけど、舞台の方もまさにホップフィクション、“跳びはね、飛び回るようなお話”になっていたように思う。原作者として、そして客席の一人として、見に行ってよかったと素直に思える舞台だったし、こりゃ無理してでももう一度見にいきたいなーと思っている。
 ネットを見回すとたくさんのお客さんも同様に満足してくれてるようなのが嬉しいかぎり。ご興味お持ちの方はぜひ足を運んでみてください。