職人のこだわりと犯人のあしどり

takeuchimakoto2005-10-22

 朝の散歩に行こうとして驚いた。
 外に出る階段から駐車場を見下ろすと、表面がきれいに仕上がってたのだ。コンクリートの表面が滑らかに固まってて、猫の足跡がいっこもついてなかったのだ。
 まあ当たり前っちゃ当たり前のことなのかもしれんけど、昨日の様子を見ていた僕には驚きだった。うちの目の前には猫数匹を放し飼いにしている家があって、我が家はその猫軍団の通り道となってるのだ。職人さんによれば猫には塗りたてのコンクリートの上を歩きたがる性質があるのだそうで、昨日は塗ったそばから猫の足跡がつきまくってたのである。
 そういや人間の僕も積もりたての雪の上を歩くと気持ちいいもんなーと思いつつ、足跡が残っても別に構いませんよと伝えておいた。足跡程度じゃ駐車場の機能に影響はなかろうし、記念にくろべーの足跡も残しとこうかと思ったくらいだったのだ。
 んがしかし、そこは職人さんのこだわりがあるようで、昨日の日没後も何度か戻ってきては作業を繰り返していた。現場監督さんによれば生コンの乾燥時に浮き上がってくる水分を拭き取る作業なのだそうだが、ほっといても乾くことは乾くので、通常は一回やっておしまいらしい。それを何度もやってもらうのはありがたいなーと思うのだが、作業が終わったかと思うと途端に猫の足跡がついているっていう繰り返しで、結局は足跡つきになっちゃうんだろうなーと思ってたのである。
 しかし職人さんいわく「あと一回撫でれば足跡もつきにくくなるはずですよ」とのことで、昨夜は結局10時近くまで作業してくれてた。僕も最後にどうなったかは確認しないで寝室に引っ込んじゃったんだけど、今朝になったら足跡ゼロで完璧に仕上がってたというわけだ。
 職人さんのこだわりが猫に勝利したのだ。単にこだわるだけじゃなく、最後に勝利を収めるのってかっこいいなーとつくづく思う朝であった。映画『みんなのいえ』で大工さん達の職人芸に憧れてた物書きの主人公のことをふと連想した。


 そういや昨夜最後に会ったときには落語の世界を連想していた。ラスト作業の前に一杯ひっかけてきた雰囲気だったし、作業前にくろべーと遊びつつ雑談してたら面白い話を聞かせてくれたのだ。
「猪もなつくとこうやって腹みせてじゃれるんだよね」
「猪?」
「前に飼ってたんですよ。家の近くで捕まえて」
「ああ、瓜坊ってやつですか?」
「いや、瓜模様は消えてたから子供じゃなかった」
「大人の猪を捕まえたんですか!」
「最初は慣れなくて俺に突っ込んできてね、檻にぶつかって頭が血だらけになってた」
「それでも飼って慣れさせたの?」
「うん」
 なんでも猪や鹿が出るところに住んでるんだそうで、「家の周りで猪鹿蝶が揃う」のだそうな。「猪鹿蝶って6文でしたっけ」とつぶやいた僕に「いや、5文だね」と訂正してくれるところまで、職人のこだわりが漂ってるような漂ってないような。
 そんな感じで動物好きのおっちゃんなのだが、猫に対しては妥協しなかったわけである。今朝になって前の道路を見ると生コンをつけた猫の足跡が点々と残っていたが、去り行く敗者の後ろ姿に見えなくもない……