文藝春秋と村上朝日堂

 雨である。雨の中で運転なんかしたくないのだが、スーパーに向けて発進。冷凍食品半額セールをやるってことなんで、不精な自炊生活者としては買い出しのチャンスなのだ。
 せっかく出てきたのでついでに本屋に寄り、8日に『これだけは村上さんに言っておこう』が出たってことなんで探してみたのだが、2軒探してダメで車で移動した3軒目でようやく発見。まったく、田舎町の書籍流通ってのは砂漠の水脈みたいなもんだよな。「これだけは、村上さんに言っておこう」と世間の人々が村上春樹にとりあえずぶっつける330の質問に果たして村上さんはちゃんと答えられるのか?
 本屋を回ってる間に「文藝春秋」を立ち読みしたのだが、これは村上春樹さんのエッセイが載ってると聞いたからである。安原顯さんについての話はエッセイというにはいささかヘビーな内容だったし、僕もかつて噂に聞いてた話題だったので驚いた。
 内容については読んでもらえば分かるけど(というか編集職にある人には是非読んでほしいけど)、文中では「どうして安原顯村上春樹を嫌うようになったか」ってのは謎になっている。しかし僕は学生時代に、その理由を聞いたことがあったのだ。もちろん噂話のレベルだから正確かどーかは全く分からんのだけど、10年以上もたってその話を思い出すことになるとは思わなかったし、文中で謎とされてることの答えを知ってるって感覚には(錯覚かもしれんとはいえ)妙にドキドキしてしまった。


 きっかけは大学の生協での立ち読みだった。たしか『ねじまき鳥クロニクル』がいろいろ物議をかもしてる頃で、僕は何気なく安原氏の本を手に取り、ほんの序盤を読んだだけでその痛烈さに驚いた。(しかし立ち読みばっかだな)
 あまり楽しい類の毒舌ではなかったのでそれ以上は読まなかった。その後なんかの席で『ねじまき鳥』の話題が出て、僕はふと思い出して同席した文学部の先生に安原氏の本のことを話してみた。のっけから全否定って感じでが驚いたんですよーって話をしたのだが、その先生は平然と「ああ、それは○○ってことがあったからだよ」と教えてくれた。それを聞いた僕は、そんな理由で評論家は作家を全否定するのかってことに心の底から唖然としたものだった。
 その後、僕自身も本を出したり書評を書かれたりするようになり、書評に関するいろんな業界裏事情を目にした。やっぱり呆れることもあれば嫌だなーと思うこともあったけど、その時ほどの驚きはなかった。まあいろいろあるけど、だからこそ業界的しがらみを抜きにしっかり評論活動をしてる人は偉いなーと思うことしきりである。つうか、学生の僕にその話を教えてくれた先生ってのがまさにそういう活動をしてる人だったってのを理解できるようになった今からすると、あらためていい勉強をさせてもらってたんだなあと思う。


 ……うーん、なんか今回は具体性の欠ける文章だな。
 とにかく僕としては、作家と批評家の話よりは、作者と読者の話の方が好きなのである。『これだけは村上さんに言っておこう』とか『少年カフカ』とか『そうだ、村上さんに聞いてみよう』とかが好きなのも、そこにはドロドロした業界事情とか功名心とかがないからで、作家としてもいろいろ勉強になる気がするのだ。「そうだ、村上さんに聞いてみよう」と世間の人々が村上春樹にとりあえずぶっつける282の大疑問に果たして村上さんはちゃんと答えられるのか? (Asahi original (66号))少年カフカ
 今回の本は既出のCD−ROM本と重なる部分も多いようで、商売的にはあざとい気もするが、どのみち僕はサーフシティーもスメルジャコフ家臣団も持ってないから関係ない(僕の出したメールも載ってるとは思うのだが)。今日買った本はゆっくりじっくり読んでいこうと思うが、ぱらぱらっと読んで面白かったのは台湾読者や韓国のインタビュアーのスタンスが微妙に「村上朝日堂」のお気楽さと異なってることだった。まあ誰でもシチュエーション次第で言葉遣いも変わるもんだろうけど、それとは別に“村上春樹を通して見えるお国柄”みたいなものもあるような気がするな。