製作中のカトラリーと彫刻家のアトリエ

一角象やシャンデリアや製作中の作品や

 このところチェス駒の仕上げを中断して箸置きを作っている。粗彫りが終わってヤスリがけをしてるんだけど、僕にとってこの作業は結構めんどくさい。彫るのだったら家で根を詰めてやってても全く気にならないんだが、ヤスリがけは腰を据えるよりも移動中とかのちょっとした合間にやる方が性に合ってるようだ。
 山の家にいるときだったら車で買い出しに行く際の信号待ちの間とかに作業するんだけど、越冬中は車に乗らんので駅で電車待ちの間にがしがし磨くことにした。プラットフォームでやおらポケットから出した木片をがしがし磨き始めるわけだが……こーゆーのも挙動不審っていえば挙動不審だよな。


 そうやって電車に乗って出かけたのは、何日か前のブログにも書いた彫刻家の方のアトリエ。──大森暁生さんの作品が見たくてあれこれ調べているうち、なんとご本人とのメール接触に成功し、アトリエを見学させてもらえることになったのである。彫刻作品を見るには江戸川競艇に行かにゃならんかーと思ってただけに、ラッキーな急展開に胸が躍ってしまった。
 天気はあいにくの雨だったが、親切に教えてもらった道順通りに歩いていくとすぐに黒いシックな建物発見。入り口をくぐって挨拶……という瞬間、広い空間のそこかしこに置かれた木彫作品に目を奪われた。
 なにしろ人の背丈よりもでっかい象型一角獣がお国どどーんとそびえてたり、入り口では双角の狼が虚空を睨みすえてたりするのだ。うひょーかっこいーと感動せずにはいられないってもんだし、製作途中の作品が無造作に転がってるのも興味深い。周りには様々な彫刻刀とともに動物図鑑がたくさん広げてあるのも納得であった。
 製作途中といえば、僕が訪れた時には彫刻教室も開かれてて、床に置かれた作業台で生徒さんたちがそれぞれの作品に取り組んでいた。これまで一人で自己流に削る木彫しか知らなかった僕にとって、皆さん何を作ってんのかなーと眺めたり先生がどういうアドバイスをするのかなーと見てるだけでも実に興味深い。木彫道具といえば切り出しナイフしか知らんような不調法者なので、クランプとかリューターとか便利そうな道具にもよだれが出そうになったし。
 教室の終了時間には皆さんでコーヒー飲みつつお喋りって時間もあったのだが、そこで聞かせてもらった彫刻技法や木材選びの話も面白かった。普通の会話の中に運慶とか快慶とかって名前がひょいひょい出てくるんだけど、千年近く前の伝説の巨匠と技術的に地続きなんだなーと思うと何とも凄い話である。──小説の世界でいったら、現代の恋愛小説について語るときに紫式部を引き合いに出すようなもんだもんなあ。まあ国文好きの人はやってるのかもしれんけど、僕には全く縁のなかった感覚なので(一言余計なところが吉田兼好みたいってのはあるかな)そういう言葉選びの感覚までも新鮮であった。
 このまま僕も木彫教室に通いたいと思ったくらいだったが、諸般の事情で来冬まで入門できない雲行きなのが残念だったが……まあほんの1〜2週間前に雑誌に載ってた彫刻写真に感動してただけの僕が、こうして作品の実物を間近で見たり作家本人に話を聞けたりってだけでも望外の幸運ってもんなんだから、あまり贅沢をいうと罰が当たるかな。
 つうわけで、趣味の木彫は相変わらず我流で続けていこーと思ってます。製作中のくろべー型の箸置き、周囲でも大好評だぜい。