再読の感興と校正の手落

 朝から雨の子供の日、なんだか一日じゅう仕事部屋にいた気がする。
 つってもばりばり仕事に励んでたってわけじゃなく、本を読んだりチェス駒いじったり昼寝したりって時間も結構ながかった気がする。まあこれも、資料を調べたり構想を練ったりしてるんだと言えないこともないのである。──なにしろいま書いてるのはチェス絡みの話なので。
 読んでる本はチェス関係の資料と『グイン・サーガ』の初期から中期の本。『グイン・サーガ』については名場面ばかり選んで摘み読みしてることもあって、やっぱり面白いなーとしみじみ。イシュトバーンは面長だったのかーとか、マリウスの一人称は「おれ」だったのかーとか、振り返ってみると意外なことってのは結構あったりするし。
 チェスの本は、ナポレオンの棋譜についての資料を読みすすめるうちにトルコ人っていう自動チェス人形のことが気になり、瀬名秀明さんの短編小説に『メンツェルのチェスプレイヤー』って短編があることを知った。『21世紀本格』っていうアンソロジー本に収録されてると知って先日とりよせたのだが……なんかこれ、変じゃないか?
 いや僕なんぞが本格ミステリーについてとやかく言う気は毛頭ないし、小説とてしては僕がケチつけるような筋合いは全くない。だけど仕事机の脇にチェスセットがあったのを幸い、小説に出てくるロボット対人間の試合を再現してみようとしたら……なんか無茶苦茶なのだ。
 “黒の初手、ビショップがポーンを飛び越えてf6へ”などと、一体いくつ矛盾があるんだっていう描写が出てきたとき、「これはありえない手を指してロボットを混乱させる作戦か?」などと深読みしたんだけど、最後まで読んでもそんな展開はまったくなかった。どうやら単にビショップとナイトを間違えてるらしいと気づいたのは随分たってからで、こういうのは謎解きのカタルシスってよりは何か損したって気分がでかい。
 ひとつの試合を最初から最後まで描写してるようなとこもあったので、これはチェスを書くに際しての勉強になるかと自分のチェスセットで再現してみたのだが……なんだか白と黒が取り違えられてたり棋譜表記がおかしかったり(「KxNf2」って表記はありなのか?)、“Nd4に対してはd4のビショップでクイーンを取る”なんて意味不明な思考のあげくにチェックメイトだから投了って結論が出てたりする。途中で手の省略があったのか何なのか……どうにも理解不能で嫌になってしまった。
 全体の文章を読めば作者がチェスを理解してないわけじゃないのは明白なのだが、校正者がチェスを理解しないで日本語の字面だけを追ったのは明らか。こういう仕事をしちゃいかんだろーよと思う。ベストセラー『パラサイト・イヴ』の作者にして科学者っていう瀬名さんの作品を読んだのはこれが初めてだけに、こういう消化不良感が残ったのは残念だったなあ。
 奥付を見ると僕が読んだのは2001年12月発売の初版だから、その後に出た版では直ってるのかもしれない。それにこの作品は瀬名秀明名義の短編集にも収録されてるそうだからそっちではまともな形に推敲されてる可能性もあるんだが……どなたかそっちを読まれた方がいらしたら、チェス的におかしくないかどうか教えていただけないでしょーか? せっかく駒まで並べたんだから、一度まともなバージョンを読んでみたいであります。