半券と引換券

無期限有効ってのもいいね

 三谷映画の4作目、『ザ・マジックアワー』を見に行った。
 三谷幸喜映画はこれまで全て映画館で見ている。「コメディーは観客の笑い声が加わって完成する」って言葉に動かされてのことだけど、おかげで三谷監督のフィルモグラフィーを見るたびにこの映画は誰とどこで見たなーってな思い出が蘇ってくる。そういう時間のマイルストーンとしての映画ってのもなかなかいいもので、今回の前売り券の半券も大事にとっとこうと思う。
 シネコンはやたらと混みあっていた。3連休の最後な上にポニョ効果なよーで、昼頃にいったのに受付カウンターは大行列。ポニョを見るには6時からの回じゃないと無理だとかで、かわりに別の映画に行くことにしたらしい家族の末っ子が「ポニョがいい〜!」と泣きまくっていた。おいらもマジックアワーを見られなかったらどうしようと思ったが、無事に30分ほど後の回に席がとれて一安心。


 映画が始まる寸前、予告編から本編に切り替わった途端にスクリーンの映像がずれた。
 スクリーンから外れた天井の方にも映像が映ってるし、一度元に戻ったと思ったらまたずれたので、ああ上映技師のミスかーと思ったのだが、後ろに座ってた年配カップルの奥さんが旦那さんに囁くのが聞こえた。
「これはきっと、こういう風に作ってあるのよね」
 いや違うだろーと思いつつ、そう言われるともしかたしら……って気もしてくる。いやそれ以上に、そのおばちゃんの囁きにふと胸をつかれた。こういうのって観客はもちろん製作者だって決して嬉しくはないことだろうけど、僕は勝手にある種の感動さえ覚えていたのだ。
 もしこれが三谷映画じゃなかったら、おばちゃんの囁きはなかったことだろう。工場でオートメーション生産されたようなハリウッド映画とか、作家性より企画性と金勘定だけで作られた映画だったら、誰だって映画館側がしくじったと思うような映写ミスだったのだ。
 映写ミス自体は嬉しくないし、早く元に戻れと苛々するものだけど、「こういう風に作ってある」と思うってえとイライラはワクワクに変わっていくような気がした。そういうのってこの後に何か楽しいことが待ってるっていう期待感なわけで、三谷幸喜って監督に対する信頼があるからそう思えるのだ。それはやっぱり作家の力であり、ひいてはコメディーの持ってる力なんじゃなかろうか?


 もちろん映画は楽しかった。上映ミスもタイトルまでには元に戻ったし。
 虚実入り乱れる楽しさについてはあえて言及を避けるが、リアリズム原理主義者なら「この人物のこの行動は不自然だ」などと言いかねない展開も力ずくで押し進める膂力が心強い。たっぷり笑えたし佐藤浩市さんと柳沢真一さんのやり取りには個人的に励まされたし、しっかり満足できた一作だった。
 上映終了後、いやー面白かったと席を立ったら、出口のところに映画館のスタッフが立っていた。上映に不手際があって申し訳ありませんでしたと、お詫びのしるしにとポップコーンの無料引換券を配っているのだ。なんとなく地位の高そうなおっちゃんが平謝りだったから、上映側としては大変なことなのかもしれない。
 だけど僕はもちろん、観客の誰も文句を言おうとはしてなかった。きっとみんな映画に満足してたからだろう。こういうのもまた、作品の力ってもんだよね。
 つうわけで、ポップコーン引換券はいただいたが交換はしないで帰った。見終わってからは食べないよなあってのもあったけど、この券もちょっとした記念になるような気がしたのだ。