アートコンペとドラゴンボール

この奥に宇宙が広がってる醍醐味

 ここんとこギャラリーづいている。今日は大京町のアートコンプレックスセンターと御苑前の提物屋さんをハシゴ。お城みたいな複合アート空間と根付の世界的権威のこの2軒、実は結構ご近所なので、晴れた午後にお散歩気分で回ることができた。
 JR信濃町駅から歩き出し、まずは腹ごしらえだーと割烹料理屋へ。懐石料理のランチ、少量ずつ美しく盛られたいろんな料理のどれもが丁寧に作ってあって美味。でも個人的に一番気に入ったのは豆ごはんで、何か特別ってわけでもないんだけど風味のよさが絶妙に僕ごのみ。隣のタイカレーの名店、メーヤウを素通りした甲斐があった。
 左門町の信号を左に入って住宅地を進んでると、唐突に謎のお城風西洋建設が出現する。ちょっと異次元に迷い込んだ気分が味わえて、やっぱりアートコンプレックスセンターっていいなーと思う。東京に滞在してる間に一度は来ようと思ってたんだよね。
 ここで一番気に入ったのは並河絵莉っていうアーティストのインスタレーション作品で、シングルレコードほどの広さのカンバスが25枚、様々なオブジェがくっつけられてカラフルに仕上げられ、全体として不思議な空間を構成している。一枚ごとに販売もされてるようで「7000」ってのを見て意外な安さに驚いた。ゼロ一個数え間違えたのかもしれんが、おいらも一つ買おうかと本気で検討してしまった。(汚い家に飾るのが忍びないので自粛したけど)
 作品のそばに置いてあった解説ファイルで25枚それぞれのタイトルを確認し、納得したり不思議に思ったり。そうやって1枚1枚に注目したり、ちょいと距離をおいて全体を見たりってのが不思議に心地いい。大抵のお客がすーっと通り過ぎるように歩き去っていく中、僕だけしばらくその場にたたずんでいた。
 そんな鑑賞の最中、誰かおいらに小洒落たショップの内装をまかしてくんないかなーと空想してる自分に気付く。そしたらこの25枚を丸ごと買い上げて壁一面に並べてみたいなーと思わせてくれる作品群なのだ。いや僕自身はショップ経営にもインテリアにも興味ないのだが、そういう空想を刺激してくれるのが作品の力とか空間の力ってもんなのかなと思う。
 ちなみにこの作品、「ARTLABOX」っていう企画の一環として展示されてるらしく、今日がそのコンペティションの初日だったらしい。観客によって人気投票が行われて大賞をとるとニューヨークでデビューなんだとかで、ソーホーあたりの洒落っけのないギャラリーで見ても楽しそうだなーと並河作品に投票。発表がいつかも知らんしニューヨークに行く予定もないが、ふらっと立ち寄ってこういう投票に参加できる感覚ってのもいいもんだね。


 約束の時間が近づいたので提物屋さんへ。デザイナー氏や担当編集氏とともに、刊行が来月に迫った『イン・ザ・ルーツ』の装丁写真の素材選びをさせてもらうのだ。
 根付を素材にした小説なので、執筆前の取材でも「小説推理」連載中の挿絵でも提物屋さんにお世話になったのだけれど、単行本化に際してもやっぱりお世話になっちゃうのである。作者として提案した装丁案は「根付のモノクロ写真にブルーノートのジャケット風の彩色を施し、それをウォーホル風に並べてポップアートっぽさを出す」などという無茶苦茶なものだったのだが、それにデザイナー氏が見事に応えてくれて、じゃあこの際もっと素材を厳選しようってことで今回の来訪に繋がったのだった。
 まあここから先はどんな根付を選んで構成するかっていう現場レベルの判断になるので僕がいく必要はなかったのだが、ここも東京にいる間に寄っときたい場所だったのでお願いして混ぜてもらうことに。――新宿御苑の前の瀟洒なマンションの七階にあるこのギャラリー、立地からして高級感あふれてるし、実際に根付の芸術性に見合った値段がついてるので本来だったら僕には敷居が高いのだが、仕事にかこつけて強引に押しかけたいほど魅力的な場所なのだ。
 提物屋さんの図録やデジタルデータ、そして現物の根付群を見せてもらいつつ、最初のうちこそ真面目に「表紙のコラージュ素材としてふさわしいのはどういうものか」って話をしてたけど、そのうち個人的な興味と趣味につっぱしってすっかり楽しんでいるだけのおいら。ついふらふらと古根付を購入しそうになったが、いやいやちょっと待てと自制して図録の購入にとどめておく。
 目を奪われ意識を吸い取られるような名品の数々を実際に手に取り、目のくらむような値段に気が遠くなる経験を繰り返してると、自分の中の「あれ、これは意外に安いじゃん」っていう基準がどんどんインフレ化していくのである。目をさませーと心の中で自分に往復ビンタしてよく見れば、てのひらの上の根付についた値札は僕の一カ月の生活費(春夏秋の山暮らし中は驚くほど金かからない)を軽々と上回ってたりなんかしてね。
 まあそんなわけで、今回は(今回も)実物の根付については勉強や目の保養にとどめたが、名品の数々の中でも一番心奪われたのは龍の透かし彫りも見事な球形の根付。龍を彫った象牙は珍しくないけど、これは球の一番外側で2頭の龍が絡み合ってる様が描かれてるだけでなく、その内側でも渦巻く雲が球になっていて、さらにその内側には宝珠とおぼしき球がある。いってみれば同心円的に三つの球が重なり合っているわけで、なんだか宇宙観まで感じさせる作品なのだ。
 今度は龍の根付を作ってみたい僕だけど、どーあがいてもこれは作れねーだろうなーとため息が出る。しかしてのひらで転がす時に三つの球が触れ合う感覚は心地よく、見ているだけで楽しい気分が味わえる。これを和服の帯につけてた人はどんな気持ちだったんだろうなーと想像せずにはいられない。一度海外に流出してから日本に戻ってきたらしいが、そういう作品とここで出会えたのは幸運ってもんだろうか。


 あ、そんで今日の結論としましては……懐石料理・25枚の小カンバス・根付コラージュの装丁・三つの球が重なった龍の玉と、小さなものがいくつも集まった力ってのをいろんな形で味わえた一日だったなーと思うのです。だから何だってわけでもないんだけど、そういうイメージの連環には何かしら生み出す力があるような気がするのだ。
 つうわけで、提物屋さんを出た後は新宿までぶらぶら歩いて世界堂に寄ってみる。左刃の彫刻刀を買っていこうと思ったのだが、ほしいサイズは品切れだったので注文して取り寄せてもらうことに。届くまでは半月くらいかかるらしいが、受け取りに来る際にはまたどっかでアート鑑賞しようかなーと思う。