カレーライフとジャズライブ

ファンからワタルへの花が素敵♪

 舞台『カレーライフ』観劇のために上京。東京ついてまずやったことは、中村屋で腹いっぱいカレーを食べること。――空腹で見たりしたらカレー食いたくてたまらなくなるってのは、原作者としてよく分かってるのである。
 天王洲アイルははじめてなので、ソワレの開演1時間前くらいには着いて劇場の周りをぶらぶらと散策。役者さんたちに届いてる花を眺めたり、劇場すぐ近くで半月前に開店したインド料理屋さんを発見したり。この芝居のそばでカレー屋を営業してたらカレーライフ特需がありそーだし、「カナピナ」って名前からして倉科さんのファン特需もありそーだなーと思う。後で聞いたら制作サイドもしっかりタイアップ企画を用意してるそうだし。
 もしや近くに海上バスの船着き場がねえかなーと探したり、出入り口の多い建物だなーと思ったりしながらうろうろしてたら、そのうちスタッフの方が僕を見つけてくれた。一般客と一緒に開場時間に入ろうと思ってたんだけど、楽屋口から案内されて舞台裏へ入れてもらえることに。
 忙しそうなスタッフ陣やら舞台でカーテンコールの段取りを調整してるキャスト陣やら、開演前の様子を見学させてもらうのも楽しいものだ。やっぱり楽屋の入り口って役者さんの暖簾が出てるんだなーと感心したりなんかして。


 ほどなく開場、客席で見せてもらえることになり、いい席もらったなーと思いつつパンフレットを眺めて開演を待つ。大口さんや長谷部さんはこういう衣装&メイクになったのかーとか、是近さんはお洒落なおじーちゃんになったなーとか、キャラクター写真を見てるだけでも楽しいし、稽古場座談会はいとこたちの仲よさげな雰囲気が伝わってきて僕まで幸せな気分になる。演出家の言葉を読んで深作さんが闇市のシーンにこだわってた理由が分かったりもして、なかなか読みごたえのあるパンフであった。
 やがて開演。脚本づくりに携わった身として展開や台詞はもちろん頭に入ってるわけだけど、それでもスリリングな観劇体験で、2時間はあっという間に過ぎていった気がする。最終的にどういう形で舞台にのってるのかってのを目にして驚いたり納得したりってだけでも刺激的だし、客席に身を置いてるおかげで周りの反応を肌で感じられるのも嬉しい。
 お客はここらで笑いたがってるぞーって気配を感じてる時、舞台の上の役者がぽんとその圧力を開放してくれるとものすごく心地いい。かつて東京ボードビルショーのコメディーで伊東四朗さんがそれを完璧にやってるのを見て感動したもんだけど、この『カレーライフ』でその感覚を味わえたのは嬉しかった。コジロウの崎本さんとかサトルの植原さんとか、舞台慣れした役者さんはそれがすごく達者で、必要な情報をきっちり伝えつつ客席の意識を操ってる様が見事だなーと思う。
 序盤の無自覚から旅を経て成長していくケンスケの意識の流れの表現も見事だったし、ヒカリは中盤の感情の掘り下げがとても深まってたおかげで終盤のまとめシーンがすごく効果的になってる。二十歳の若さで座長の重責をしっかり果たしてる中村さんも、稽古終盤で足されたという長台詞(おいらが自分で書けなかったのが悔しいくらいのいいセリフだった)を見事に演じきってる倉科さんも、舞台は役者を見るものだっていう醍醐味をしっかり味わわせてくれた。
 そして個人的にとても楽しみにしてたワタルのマジックタッチ。陽気なステージングで軽妙なシーンに仕上がっていて、ワタルが序盤で客席をほぐしつつテンポよく引っぱっていく感覚がとても気持ちよかった。ジャグリングの練習をしてると聞いてどうなるんだろーと思ってたけど、これなら『カクテル』のトム・クルーズにも勝てるんじゃなかろーか。なにしろ、細くて長身で身体能力の高い井上さんにはトムにはない華があるし、生の舞台ってそれを直接味わえるもんなあ。
 ワタルだけじゃなく、サトルにも料理の見せ場は用意されてたし、ケンスケはそこではサポートに回ってるってのも納得の演出だった。――脚本にはかかわらせてもらった僕だけど、実は料理シーンがどう演じられるのかってのは事前に想像もつかなかった。ステージングを指導した広崎うらんさんや彼女を起用した深作さんのプロの技ってのはこういう形で具現化するのかーと感心するやら楽しいやら。
 マジックタッチの次に気になってのは、1人4役をこなす大口さんと長谷部さんはほんとに別人に見えるかってことだった。そこで今回同行した知人に、あえて原作読まずに舞台の予備知識もゼロで見ておくれと頼んでおいたんだけど、終演後に尋ねてみたら「同じ人だとは分からなかった」とのことでほっとする。僕としても、長谷部さんには違うパターンのキュートさを見せてもらえたし、大口さんの3つ目の役の役作りなんて全く予想してなかったし、4役をこなす達者さを見せてもらえて満足満足。
 ちなみに、その予備知識ゼロの方に従兄弟の中で誰が一番お気に召したか聞いてみたら、ワタルと即答。これは個人的好みの話かもしれんけど、コメディーの力ってのもあるだろうなと思う。コメディーを意図して書いたことで客席との距離を近づけることができたのなら、原作者としても脚本監修としても嬉しいかぎり。


 ……と、宣伝も兼ねて褒め言葉ばかり書いてみましたが、やはりところどころ初日の硬さもあったし、台詞を噛んだり呼吸がずれたりってとこもあって、終演後に演出と話してた某役者さんがあ痛ててって顔をしたのが印象的だった。それでも前向きな調整として話してて、初日祝いの軽いパーティーでは引きずらずに明るくふるまってるのがプロの姿勢だよなーとほれぼれ。
 パーティーでは終演後の役者さんと話せたのがとても楽しかったし、日テレやハウスの偉い人とご挨拶する中で、原作『カレーライフ』の執筆前の取材でお世話になった方とも再会できて感慨深かった。カレーライフの構想を温めてたのは、作中の時代設定と同じ20世紀の終わりころで、10年以上の時を経てこういう舞台を目にすることができるなんて思ってもみなかった。あれからいろんなことがあったけど、何はともあれ作家を続けて今ここにいられたことを感謝しようと思う。
 つうわけで、劇場を出た後は浅草に向かう。――『カレーライフ』観劇の後は、それから10年たって刊行できた『イン・ザ・ルーツ』の世界を楽しもうってことで、浅草のジャズスポットに行くことにしたのだ。平均年齢高そうな客層で古き良きジャズを楽しめる店でエールを飲みつつ、サニー多田良に思いを馳せる夜となった。