千秋楽と車中泊

大入袋が宝物に思えたのは初めてだ

 車にエアベッドと寝袋とくろべーを積み込み、午前のうちに出発。──新潟まで、舞台『カレーライフ』の千秋楽を見に行くのだ。
 本当だったらこういう慌しい旅行じゃなく、手こずってる長編小説を書き上げて旅に出て、犬連れOK宿にのんびり長逗留しながら芝居の間だけ劇場に足を運ぶ……なんてなことを夢見てたのだ。しかし長編は片付かねえわ新潟には犬連れOK宿が極端に少ないわ、仮にあっても新潟市街に遠すぎるわ、悪条件ばかり重なって思うにまかせなかったのである。
 こうなると選択は二つ。行くのを諦めるか、車中泊の準備と覚悟を整えての強行軍か。「新潟にいけば酒&美味いものに事欠かない」「名著『チャーリーとの旅』の翻訳者として犬連れ車中泊をしとかんでいいのか」「老犬くろべーと一緒に旅行する機会もあと何回あるか」「いやそれ以前に僕自身が三十代最後の旅ではないか」等の理由により強行軍決定。


 しかし新潟市内ってのは予想以上に犬連れ旅行に適さない土地であった。犬と一緒に入れる店が極端に少ないようだし、車中泊場所にしようと思った道の駅はペット禁止なんて書いてありやがんの。道の駅のくせに犬連れ客をこばむとはけしからんぞ実際。
 川原を散歩してたら地元の美人なお姉さんに声をかけられ、実際少ないので犬と暮らす住民も不満を抱いてると教えてもらった。物産や観光資源に恵まれてるのでペット関連産業を充実させる必要もないのかもしれんけど、これはビジネスチャンスってもんではないでしょーか新潟の皆さん。
 まあ何はともあれ、おいらは遅めの昼飯で寿司屋に入って海の幸を堪能、おみやげ用に〆張鶴と鮭の焼漬を買い込む。どっちも新潟市じゃなく北越村上市の物産じゃねえかって話もあるが、僕は村上生まれなので村上の味に惹かれるのである。いやもちろん、魚沼コシヒカリのおにぎりとか新潟港にあがったとおぼしき南蛮海老の海老しんじょとかも堪能したけどさ。


 夕方まで新潟市内観光を楽しんだ後、公演会場の新潟市芸術文化会館がある白山公園へ。きれいで広い複合文化施設って感じで、駐車場やくろべーの散歩場所にも事欠かない。近くを流れる信濃川の土手を歩いていたら、会場の上層にある空中庭園に赤っぽい服を着た長身の男がたたずんでるのが見えた。もしや出演者か?
 くろべーには夕食あたえて車で留守番を命じ、おいらは会場へ。守衛さんに関係者入り口ってどこでしょうと聞いたら怪訝な顔をされ、一般入り口に回れと言われたのは不審者と思われたのだろーか。既に開場してる一般入り口の現地スタッフさんに「原作者なんですが……」と申し出るという間抜けな形で入場。なんとか顔見知りスタッフに面通ししてもらおうと「あそこでパンフ売ってる方に……」と指差してる自分が妙におかしかった。
 すぐに演出家やプロデューサーと合流、席も貰えてほっとしてたら、現地スタッフさんが関係者パスを持ってきてくれた。しかし座席チケットがあるならパスは必要ないんだそーで、そういう仕組みってのも不思議なもんである。いやもちろん、不審者侵入を防ぐ体制がしっかりしてるってのは何よりだし、開演前のケータイへの注意とかもしっかりしてて、デザインの美しい箱物だけじゃなく運営体制も素敵な劇場だなーと思ったのでした、はい。


 開演直前、客席最後部に佇む演出家やプロデューサーと話していると、冬から春先にかけてこのお二方といろいろ打ち合わせたことを思い出す。三鷹や吉祥寺、中央線界隈の相談を経て新潟に辿り着けたんだよなあ。
 人間できてない原作者たる僕は、今回の『カレーライフ』についても全て舞台のプロにおまかせってことをせず、自らでしゃばって随分とワガママ的主張をさせてもらったんだけど、このお二人がそれをしっかり受け止めてくれたおかげで納得いくまで脚本を練り直すことができたのだ。そうやって、作品づくりにおいて意見が衝突した後でも決裂せずによりよい方向に進むってのは、出版界や映像業界じゃなかなか難しいことなので(ていうか俺が人間できてないせいかもしれんけど)、このお二人の度量の広さには本当に感謝していて、千秋楽の開幕直前にこうやって3人並んで話せるってのは個人的にとても感慨深かった。
 創作活動って、作品そのものがどうあるかって問題ももちろんあるんだけど、作品を世に出すまでのプロセスがどうあるかってのも本当に大事かつ大変なことで、そのプロセスにおいて気持ちいい結果になることって意外と稀である。今回はその稀なケースを体験させていただいて、スタッフの皆さんはもちろんキャストの皆さんにも、本当に感謝しても感謝しても感謝しすぎることはないなと思っております……


 そして開演。いよいよ千秋楽ってことで、役者それぞれの演技に漲るエネルギーと練り上げられたコンビネーションを感じさせてくれる舞台となった。最初のケンスケ-シミズなんて、とても静かなシーンのはずなのに緊迫感が満ちていて、是近さんと中村さんの真剣勝負っていう迫力をひしひしと感じる。
 そのせいか、序盤の客席の反応は少し硬めというか、緊張がなかなかほぐれないような雰囲気がしばらく漂っていた。それが新潟の県民性なのだろーかと、村上市生まれのくせに新潟では育ってない僕としては少々カルチャーギャップであった。
 でも、大阪・金沢とめぐるツアーを経てきた今回の座組みは本当に心強い人たちだった。ケンスケの中村さんががしっかりと芝居を進めていく中、ワタルの井上さんが躍動感をもたらすことで客席の緊張がほぐれてきて、コジロウの崎本さんが絶妙の間合いで笑いを生んでいく。アメリカ編で倉科・長谷部の両女優が登場して華やかさが生まれる頃には劇場全体の集中力がぐぐっと高まってる感があった。──個人的には、セクシーダイナマイトで友達思いなリンダも好きだし、威張りんぼだけど優しくて素直なヒカリも好きだなあ。どちらも原作より脚本より役者を通して血の通ったキャラクターになった印象があって、稽古場で思案顔をしていた彼女たちを思い出すとなんだか涙が出そうになった。
 考えてみりゃあ女優二人が同時に出てるのはアメリカ編だけなんだけど、そこでストーリーを展開させていくのはエディー役の大口さん。初日からうまいなーとは思ってたけど、千秋楽まできてさらに呼吸が練り上げられてる感があった。エディーの言動で客席の空気が動くような印象があったんだけど、それって大口ファンの存在が大きかったのか、あっという間に新潟の客を大口さんが掌握したのか、どっちなんだろなあ。
 そしてインド編。お待たせしましたって感じで出てくるサトルの植原さん、間合いを掴んで客席の呼吸を誘導していく技術力は相変わらずだし、ひょいと一言リアクションした時の面白さが初日よりずっと増してる気がした。それに感応してワタルの井上さんの芝居もますますヒートアップしていくようで、この双子の掛け合いの魅力ってのは舞台ならではだよなーとしみじみ。ていうか一種のスポーツ観戦みたいな盛り上がりさえ感じてしまった。


 ……と、こうやって細々書いてくと本当にいくら書いても書ききれない。誰かアフターレポートとして本1冊くらい書かせてくんないかなー。
 こうしてブログそういう話を詳しく書くと喜んでくれる人がいることも分かってはいるんですが、さすがに旅行疲れがあるのと、どういう話題をどこまで書いていいのか分からん感覚もあるのと、何より一夜あけても感動の余韻がさめない感覚もあるので(キャストも同様なようだけど、すぐにブログをアップしてた井上さんはえらいなあ)、今回はこのへんで。何かリクエストもしくは「こういう話はするな」っていう関係者からの予防措置などありましたらご一報くだされ。
 最後に書いておきたいこととしては、カーテンコールの役者さんたちの言葉や、客席からのスタンディングオベーションは本当に本当に感動的でした。最初は硬かった客席がそこまでほぐれてあたたかな思いが溢れてたこともありがたく思ったし、感極まって言葉に詰まって涙を拭う中村さんの姿には僕まで涙が出そうになった。──弱冠二十歳にして座長の重責もあったろうし、台詞の多さや付随する情報量の多さもプレッシャーだったことだろう。稽古場でも演出からの期待と要求も多かっただろうに、あまり大変さを顔に出すタイプじゃないのか淡々とこないしてるようにも見えたけど、やっぱり大変だったんだなあ。こうやって書いてても、思い出しもらい泣きって感じになっちゃうんだよな。


 幕が下りた後、プロデューサーをはじめスタッフの中にも目を赤くしてたり潤ませたりしてる人が多いのも素敵な光景だった。楽屋でキャスト・スタッフが交わす握手やハグ、その輪に自分も加えてもらえてることが嬉しくて、新潟まで来てよかったなーとしみじみ。仕事がはかどらないとか宿が見つからないとかいう理由できてなかったら、一生の思い出になるような経験を失ってたわけだもんね。
 車で待たせてるくろべーのことが心配だったので早めにおいとましようとしたのだが、そこで困ったことが一つ。演出家に連れられて暗がりの舞台袖を抜けて楽屋にきたもんで、いざ帰ろうにもどこが出口か分からないのだ。半裸の役者さんが楽屋間をうろうろしてる廊下に佇みながら、プロデューサーや演出家と偉いさんとの挨拶が一段落する合間を見計らい、「すいませんどこから出たらいいですか?」なんて尋ねてる我が身の間抜けさよ。
 車でおとなしく寝てたくろべーと再会、散歩もかねて、観劇の余韻を味わいながら会場の周囲を一回り。──そういえばくろべーは2001年生まれだから、原作『カレーライフ』が出版された頃に生まれたんだなーと気づく。
 だからなんだってわけでもないんだけど、子犬が老犬になるほどの時が流れる中、20世紀に書いた物語がこうやって10年以上もすぎた今になってから再生させてもらえたことは本当に幸運でありがたいことだったと思う。作家活動を続けていくのはいろいろ大変だし今後の保証もない身だけれど、いただいた大入袋は大事にとっといて、今後つらいことがあったら励ましてもらおうかと思っている。