脱輪オフロードカーと新作シンクロニシティー

今日の別荘地入口にはこんな立て札が…

 昼まで小説の執筆、それから下山して買い出しへ。そろそろ暑くなってきたのでなるべく下界には行きたくないが、ビールや食材が尽きてきたので仕方ない。
 ラーメン屋で昼食、食後は人気カフェでコーヒー飲みつつゲラ校正。秋に創元推理文庫から出る『文化祭オクロック』のゲラなんだけど、文庫化に際して英題をつけるならわしになってるらしい。さすがの老舗ミステリーレーベル、輸入物のミステリーを日本に紹介していた名残なのかな。
 で、編集部からは『A CULTURAL FESTIVAL O'CLOCK』ってのを提案されたんだけど、どーもぴんとこない。しっかり直訳されてるのは分かるし、そもそも原題で日本語と英語を混在させた俺が悪いんだけど……英語で「O'CLOCK」ってつけると「時計でいうところの」って意味になっちゃいそうだ。「時計でいうところの12」だから「12時」なわけで、「時計でいうところの文化的お祭り」だとどういう意味になるんだろう?
 いやもちろん、そーゆーことは、そもそもの日本語タイトルに突っ込むべきなんだけど、そこは語呂というか漢字カタカナ混在のミスマッチの効果というか……なので、いざ英語にするとなるといろいろ考えてしまう。ちょいと洒落を込めたい気もするので、作中にも出てくる曲名をもじって『FEST AROUND THE CLOCK』ってのはどーかなー? 英語ネイティブからするとどんな語感なんだろう。


 てなこと考えながらカフェを出て、近所の工房併設の古道具屋へ。ここでは以前、素朴なデザインながら雰囲気のいいオニキスのチェスセットを展示してたので、せっかく下山したんだからそれを眺めていこうと思ったのだ。
 と、入店した瞬間、店員さんから「こんにちはー」と声をかけられた。てっきり来客へのマニュアル的挨拶かと思い、聞き流して店の奥に進んだが、その店員さんはめげずにもう1回声をかけてきた。そんで何だろうと思い、顔を見たら――こないだの、脱輪青年ではないか!
 彼とは先週末に会っていたのである。出かけて帰宅した際、うちの別荘地の入り口で、カッチョいいアンティークでオフロードな車が側溝にハマって動けなくなってたので、運転席で困ってた彼に声をかけたのだ。僕の車じゃパワーもないし牽引ロープも積んでなかったけど、近くの管理事務所までいけば重機みたいな車もあるしこういう仕事で頼れるスタッフもいる。そこで彼を連れて事務所にいって、一緒に救出を頼んだのだ。垢抜けた雰囲気の男前だったので、てっきり都会のアウトドア好き青年なんだろーと思ってたが、まさかこの工房で再会しようとは。
 聞けば、この古道具屋兼工房に就職が決まってもうすぐ越してくる予定らしい。こないだは新しく住む町をドライブしてたんだそうで、人からすすめられた観光スポットに向かおうとしてる時に脱輪したんだとか。そーか、この工房で働くようなハイセンスな人だからああいう車に乗ってたんだなーとか、このあたりに慣れてないからあんなとこで脱輪してたんだなーとか、いろいろ納得のいく再会であった。
 とはいえ、どうもその店では店舗を縮小して工房を拡大したらしく、品ぞろえも減っておいらの見たかったチェスセットとは再会できなかった。それはちと残念。


 工房を出た後、車をとめといたカフェの駐車場に向かったところ、その隣の古本屋さんの扉の前にたたずむ女性が目に入った。
 お客さんが入店しようとしてるとこか、あるいは店側が開店準備をしてるとこか……と思いながら歩いていくと、彼女がこっちを振り向いて「あれっ」って顔をした。お客じゃなくて店主さんで、僕も何度か寄ってるので顔を覚えてくれてたのだ。
 挨拶すると、「うちにご来店でしたら開けましょうか?」的な顔をしてくれた。聞けば彼女は開店準備じゃなく店に戸締りして出かけようとしてたとこだったそうだが、そこに僕が歩いてきたってわけである。いや別に入店希望ってわけじゃないので、どーぞお出かけください……と思ったけど、そこでちょっと立ち話。
 実は妙な偶然というか何というか、昼まで書いてた小説には、彼女のお店をモデルにした古書店が出てくるのだ。それどころか、さっき寄ったカフェも古道具屋兼工房も、一通りモデルにして話の中に組み込んでるのである。まあイメージを参考にさせてもらっただけで、作中ではいろいろ勝手なストーリーをつけて書いちゃってるんだけど、発表が決まったら一言お伝えしとかねばと思ってたのだ。
 しかし火曜日の昼下がり、道端でばったり出会った人を相手に実は僕は小説を書いていて(これまでは自己紹介などしてなかった)、このあたりのお店をモデルに使った小説を近々発表予定で……なーんて話をするのも妙なものである。とりあえず喜んではもらえたようでほっとしたけど、我ながら妙な商売してるよなあと思う。
 そもそも今日カフェと工房をハシゴしたのはその小説を書いてるせいもあるんだけど、ばったり再会ってのが2つ続くと不思議な縁というか繋がりってものに思いを馳せずにはいられない。――思えば『図書館の水脈』を書いてる最中にもこういうシンクロニシティーが続いたんだけど、今回の『司書室のキリギリス』ってのはそれ以来のブッキッシュなストーリー。本の繋がりがストーリーの重要な柱となってる話なので、僕自身が不思議な繋がりを体験できたってのはなんだか妙に嬉しい。こういう偶然にエネルギーをもらって、いい作品に仕上げたいなーっと。