豪華朝市と間抜け落ち

政治家さんとくろべー

 朝の散歩を終えたあと、そのままくろべーと共に車に乗り込む。今日と明日、ちょいと離れたところで朝市イベントが開かれるんだけど、それにくろべーと行こうよと誘われたのだ。
 短編小説『司書室のキリギリス』でちょこっと書いたようなイベントで、農家の野菜直売や飲食店の露店がずらっと並んでて、ぐるっと一回りするだけでも結構たのしい。お店を見るだけでなく、お客としてきてる知人と会って挨拶なんてこともたびたび。陶芸家と彫刻家とガラス作家の方々の3人連れと遭遇なんてのもそうそうない経験だよな。
 人の多い中をくろべーと歩いてると退屈しない。犬好きの人はくろべーを見るとかわいがってくれるし、何やら取材しているカメラマンはくろべーを撮りたがるし。プチトマトを売ってたお姉さんはくろべーにも一つ試食させてくれて、くろべー的にもいろいろ満喫したようである。
 ぐるっと回った後はテーブルに落ち着いて、特大おにぎり・呉汁の味噌汁・角切りステーキという朝食。食後に濃い目のコーヒーとすごく濃いヨーグルトでデザート。やたらと豪華なメニューとなったし、同席した人たちも豪華だった。世界的に活躍する染色家さんとか町政を立て直し観光事業を躍進させてる町長さんとか。そういう人たちと同席するって経験も貴重だろうし、ましてや朝食のテーブルを囲む機会なんてそうそうないよなーと思う。


 野菜やパンをいろいろ購入して帰路につく。
 しかしなにしろ朝市だから、一イベント終えても時間は結構はやい。まだ朝の9時頃だから、これからどっかに出かけるような時間である。せっかくここまで来たんだし、ついでにくろべーを散歩させてくかーと思って某観光スポットに立ち寄った。
 駐車場に車をとめてくろべーを降ろしていたら、すぐ近くの車が目に入った。カラフルなサイクルウェアの女性が同じくカラフルな自転車をおろしてるとろで、その色彩がとても華やかなのだ。
 というか、ご本人もぱっと目をひく美人である。よく見りゃ自転車関係でよく見るタレントさんだった。この週末に何かロケだかイベントだかあるようだから、そのために来てるのだろう。車のナンバーを見て、そんな遠くから来てるのかーとか、スタッフじゃなくてご本人が自転車運んでセッティングしてんのかーとか、いろいろ感心してしまった。


 朝っぱらから、いろんな意味で有名人な方々と立て続けに遭遇したので、こうなるともう1人くらい会えるんじゃねえかなーって気がしてくる。スーパーに寄ってからもついきょろきょろしていたら、通路の奥から歩いて来たご婦人が僕に視線を向けてることに気付いた。
 特に見覚えはない人だったが、僕は人の顔を覚えるのがものすごーく下手である。朝市の中でも、くろべーを覚えてる人から声かけられてんのに僕は全く覚えてないってことが結構あったのだ。適当に調子合わせてどーもどーもと挨拶しつつ、心の中で誰だっけなーと考えてるってのは日常茶飯事。
 で、スーパーのご婦人もそういう感じかなーと思ったり、あるいは滅多にいないけど本の著者近影で僕の顔を覚えてる人かなーと思ったりしてたら……彼女は僕の目の前で立ち止まると、遠慮がちに声をかけてきた。
「あの、何か落とされましたよ」
 見れば、ポケットから車の鍵がこぼれ落ちている。慌てて拾ってお礼を言いつつ、そういうオチかーと妙に納得な朝であった。