展示の準備と物語の種子

もしもし、お弁当つけてどちらへ?

 朝から車で出発。洋菓子屋(お見舞いのチョコ菓子を購入)と蔵元(酒購入&ちょっと仕事話)とガソリンスタンドを回ってから、那須高原へドライブ。
 3月1日から、那須高原の絵本のいえmurmurで『いきものたちの、ものがたり展』っていうイベントが開催される。絵本カフェで彫刻と音楽と物語のコラボが楽しめるアート企画で、僕も文章で参加してるんだけど、諸般の事情で展示準備を手伝うことになったのだ。
 会場に到着、隣接する館長のお宅をノックすると、ドア越しに「どうぞー、鍵は開いてるよー」との声だけが返ってきた。絵本の家は無人でストーブだけが赤々と燃え、何やら大きな荷物が3つほど……って書くと、それ自体が絵本のおとぎ話みたいだけど、ほんとの話である。さて、どういうことでしょう……と書くとシチュエーションパズルだな。
 要するに、館長ご一家がインフルエンザでダウンしたので、僕が代わりに荷ほどきと展示準備を引き受けたのである。感染を広めないため、なるべく他人と接触しないようにしなきゃならないんだそーで、僕も来訪すれども顔は合わせずみたいな形で働かなきゃならない。絵本の家に一人でこもり、大きな荷物と向かい合った。


 で、これが結構、心躍る作業であった。
 箱やら袋やらプチプチシートやらで包まれてるのは彫刻家のはしもとみおさんや本多絵美子さんの作品で、梱包をほどくごとに様々な動物が姿を現す。僕は木彫りが趣味だけど素人芸のレベルなので、こうして一人でプロの作品をじっくり堪能できるってのはなかなかの贅沢だ。
 なにしろ、これまでインターネット画像でしか見たことなかった作品を、立体として好きなだけいじくりまわせるのだ。勉強になる――という感覚もないほど、単純に楽しい。もちろん展示のことも考えなきゃいけないし物販に備えて出品リストも作らなきゃいけないのだが、作業より前にまず面白がってすごす時間だった。一通りやり終えるまでに何時間もかかったのは、僕がもともと片づけごととか整理統計とかが苦手だってことだけが原因ではなかろう。
 その作品群と向かい合うのがどういう風に楽しいのか、ってのはあえて言及しない。ネットでイベント名や参加作家名を検索すれば結構いろんな画像が見られるだろうし、実物については実際に会場で味わっていただくのが一番だろう。絵本のいえという空間自体の面白さも手伝って、他ではちょっと味わえないような展示になったんじゃないかと思う。
 個人的にとても楽しかったのは、届いてた作品群の中では一番大きな、黒柴犬の月くんの彫像の梱包をほどいてた時のこと。――郵送のショックに耐えるために厳重に巻かれたプチプチシートを丁寧にはがし、ようやく顔が出てきたと思ったら、月くんの鼻面にぽちっと白いものが一つ。なんだろうと見てみると、ごはんつぶではないか!
 おそらく梱包時にくっついちゃったんだろうけど、こういう空間でこういう作品と向かい合ってると、米粒一つが不思議な存在感を漂わせる。本当に月くんという犬がごはん粒をつけて現れたように思えて、実になんともユーモラスなのだ。よくそういう相手に「お弁当つけてどこ行くの?」なんて尋ねてからかったりするけれど、そこからストーリーが広がっていくような、そんな予感を感じさせてくれる一瞬だった。
 そのストーリーの中、月くんはどうしてごはんつぶをつけているのか、そしてどこに行くのか、一粒だけついてたごはんつぶはその後、どんな運命を辿るのか――物語はそういうところから生まれて育っていくものかもしれないなーと、絵本の家で実感できた午後だった。