秋の味覚と謎の道具

たぶん仏道修行には使えないだろーな…

 昼過ぎ、「秋さんま」とついたメールをいただいた。
 一瞬、人名のような気がしちゃったけど、よく見りゃ差出人じゃなくてメールタイトルである。すごく新鮮なサンマが届いたのでお裾分けいかが、っていう嬉しいお誘いだった。
 無論、喜んでいただきに上がることに。早めにくろべーの夕方散歩と食事を済ませて同伴し、ついでに一五一会をソフトケースに入れて持参。前にそのお宅の御主人がどういう楽器か興味を持ってたので、いっちょ弾かせてハマらせようという魂胆である。
 犬と楽器を車に乗せてお出かけってのもなんだか心躍るなーと思いつつ出発。行きがけに管理事務所に寄って郵便物をチェックしたところ、ヤイリギターからの封筒が届いてることに気付いた。――知る人ぞ知る世界的ギターメーカー、一五一会の製造元である。こないだユーザー登録の葉書を出しといたんだけど、その記念品ってことでオリジナルグッズを送ってくれたのだった。
 これまた嬉しいなーと思いつつ中身をチェック。おむすび型のギターピック二枚と、ヤイリマークのステッカー一枚、そして……この木製の道具は何だろう? 大きさと形からしてコードを押さえるためのもんかなと思うんだけど、この道具についての説明書きとかは同封してないようだ。どうやって使うのかはさっぱり分からないし、運転しながらしげしげ見てても危ないので、着いた先で検討することに。
 で、そのお宅の御主人やお嬢さんと一緒に一五一会で遊びつつ、これって何の道具でどうやって使うんでしょーと相談してみる。手のひらサイズで円筒部分と角ばった部分があり、それらがネジで繋がってて円筒部分がくるくる回るようになってる。みんなであれこれ試してみたが……結論は出なかった。みんな一五一会やギターについては素人で使用感覚に欠けるので、どうやって使ってどんな効果が出るのか思い当らないのだ。
 やはりコードを押さえるのかなーって意見は出るけど、実際おさえてみると音が狂いがちだし、道具を使うより指で押さえる方が簡単なのである。角ばった部分に空洞があることに目をつけ、指をさしこむと持つ時に安定するんじゃないかとか、サイズ的に糸巻きにぴったりだからチューニングに使うんじゃないかって意見も出たけどいまいち決め手に欠ける。しまいには「仏教の修行で使う、お経を一回唱えるごとに一回転させるやつじゃないか」って意見が妙に説得力をもって思えてきた。
 まあこういうのは製造元に問い合わせたり、ネットで検索したりしたら一発で分かるんだろーけど、みんなであれこれ想像するのが楽しいのである。ヤイリギターさんもそれを見越してあえて説明書きを同封しなかったのではなかろうか……いや、ギターを弾く人にとっては常識なので説明の必要がないってことなのかもしれんけどさ。
 知識と同じくらい無知というのも大事な財産じゃないか、ってのが僕の持論なのだ。僕がもともと落語や自転車について博学だったら『粗忽拳銃』や『自転車少年記』は生まれなかったわけで、無知なおかげで物語の発想が生まれたと言っても過言ではない。創作の種ってのは、ギター道具から僧侶の修行へと繋がる発想の飛躍みたいなとこにあるんじゃないかと思うのだ。


 何はともあれ、結論は出ないまま夕食。道具の使い方は分からなくたって新鮮なサンマはうまい。焼きサンマはワタの部分まで美味しくいただけたし、ナメロウも美味しくてご飯が何杯でもいける感じである。
 このナメロウ、奥さんが「三匹はお刺身にしようと思って三枚におろしたけど、あんまりうまくいかなかったのよ。小骨のあたりも面倒だし」なんておっしゃってたので、「じゃあタタキにしてナメロウにしましょーよ」と提案して作ってもらったのだ。「ナメロウってどうやって作るんだっけ?」なんて聞かれ、僕が大雑把に「基本はミソ味で、ネギやシソやショウガやニンニクで味付けして……」なんて説明しただけだったんだけど、そんだけの会話でぱぱぱっと美味しく作れちゃうあたりがプロの主婦である。何なら僕が作りますよと申し出たのだが、素人のおいらなんかが台所に立ったりしたら申し訳ないと思えるほどの出来栄えであった。
 夕食では奥さんの腕に感心しきりだったが、食後にみんなで遊んだ一五一会ではご主人の腕に感心させられた。――こないだ僕が話題に出すまで一五一会って楽器の存在すら知らなかった人だし、ギター経験もほとんどないってことなのに、はいどうぞって楽器を渡した直後、弦を爪弾いて聞き覚えのあるメロディーを弾き始めたのだ。
 手軽にコード演奏ができるのが売りの一五一会では、メロディーを弾くソロ演奏は中級レベルのテクニックとされてるらしい。もちろん僕にはできないし、どうやりゃいいのかも分からないってのに、手に取った直後にいきなり弾きこなしちゃうとは思ってもみなかった。こういうのって、よほど音感がいいってことなのかなー? 絶対音感はおろか相対音感も怪しいおいらには及びもつかない。
 コード演奏もすぐにコツを飲みこんで、しばらくいろいろ演奏した後で雄三の『君といつまでも』を気持ちよさけに弾き語っておられた。世代的に馴染み深い曲だってのはあるにせよ、僕よりはるかに早いペースで習得していく様は見ていて痛快なほどである。ていうか、僕が一五一会を渡して弾いてもらった相手は、みんな僕より習得が早いんだよなあ。僕がよほど向いてないのか、それとも教え方がうまいのか。いや自分の技術もおぼつかないんだから教え方がうまいわきゃねえか。
 なにしろ僕の周りには一五一会を弾いてる人がいないので、僕には教えを請う相手がいないのだ。道具の使い方も分からんままだし、弦楽器のスチール弦は錆びないようにマメに錆び止めスプレーを塗るものなんだと、今日はじめて知った。しかし錆び止めスプレーがどこで売ってるのかはさっぱり分からないんだよなー……